中村紀洋(なかむら・のりひろ)1973年(昭48)7月24日、大阪市生まれ 大阪府出身 愛称は「ノリ」
渋谷高から1991年ドラフトで近鉄から4位指名。●本塁打王1回(2000年)●打点王2回(2000、2001年)●最高出塁率1回(2001年)●ベストナイン5回(三塁 1996、1999~2002年)●ゴールデングラブ賞7回(三塁 1999~2002、2004、2007、2008年)●1試合最多得点「6」は日本記録(2000年9月5日オリックス戦)●サイクル安打(1994年9月18日 日本ハム戦・藤井寺)
1992年~2004年:大阪近鉄バファローズ
2005年:ロサンゼルス・ドジャース(MLB)
2006年:オリックス・バファローズ
2007年: 中日ドラゴンズ
2009年:東北楽天ゴールデンイーグルス
2011年~2014年:横浜DeNAベイスターズ
【日本代表】
2000年のシドニー五輪の野球競技に日本代表
2004年のアテネ五輪の野球競技に日本代表。銅メダルを獲得。
2007年 北京オリンピックアジア予選決勝リーグ日本代表候補
【指導・コーチ】
2022年~2023年 中日ドラゴンズ打撃コーチ
BIOGRAPHYバイオグラフィー
中村紀洋(なかむら のりひろ)は、1973年7月24日に大阪府で生まれ、日本プロ野球界で数々の名誉ある業績を残した名選手です。1990年に大阪近鉄バファローズに入団し、プロ入りからその打撃力で注目を集めました。特に1995年には本塁打王と打点王を同時に獲得し、その実力を証明しました。
その後、中日ドラゴンズに移籍し、2007年には中日を53年ぶりの日本一に導き、チームの優勝に大きく貢献しました。同年の日本シリーズではMVPに選出され、プレーオフでの活躍は野球ファンの記憶に残る名シーンとなりました。また、ゴールデングラブ賞を7回受賞するなど、守備にも定評があり、攻守両面でチームを支えました。
2014年、横浜DeNAベイスターズを戦力外となり事実上現役を引退。その後、浜松開誠館高等学校で非常勤コーチを務め、後進の指導に尽力しました。2022年〜2023年10月にかけて、中日ドラゴンズでコーチとして活躍し、選手たちの成長をサポートしています。
また、アテネオリンピックの野球日本代表として銅メダルを獲得するなど、国際舞台でも成果を上げ、野球界の発展に寄与しました。さらに、引退後も指導者として次世代の育成に力を注ぎ、野球界に貢献し続けています。
その長いキャリアを通じて、日本プロ野球の歴史に名を刻み、今なお多くの野球関係者やファンに愛され続けています。
現役時代に数々の伝説的な瞬間を作り上げた選手であり、彼のプレースタイルは多くのファンに感動を与えました。強打者としてだけでなく、チームのリーダーとしても活躍し、その精神的な支柱となる存在でした。引退後は、野球の技術だけでなく、精神面でも選手たちに影響を与え、指導者としての道を歩み始めました。彼の野球に対する情熱と愛情は、次世代の選手たちに強く引き継がれ、今後も日本の野球を支える重要な人物であり続けることでしょう。